「いしいしんじの本」

今日、本屋で、わたしが働いてる本屋じゃない本屋で、

いしいしんじさんの本を買ったら、そこの店員さんが、

「こちら、サイン本もございますので、」とわざわざとなりの店まで取りに行って、

持ってきてくれた。走って。

家に帰ってきて、巻いてあったビニールをやぶいて、表紙をめくると、

いしいしんじ」とほんとうにサインしてあった。

となりには、でっかいヤモリみたいな絵もある。

これ、いしいしんじさん書いたんやぁ、これ、いしいしんじさんさわったんやなぁ、

って、思いながらマジックのところの匂いを嗅いだら、

なんか、かんきつ系のいい匂いがした。




『おもしろい小説や童話は、読む人のきぶんをよくするために、じょうずにつく嘘だ、

っていう人もいますが(図書館のユミねえとか。いつも変なにおいの紅茶をのんでる)、

ぼくは、ぜんぜんそうは思いません。嘘をついているな、ってわかると、

途中で「あれあれ」ときぶんがひえちゃう。

手品の種が、ポロポロと舞台におちてく感じがします。

りっぱな家や、船や着物は、人の作ったものだけど、ほんものです。

住吉大社や、松本のお城は、もし建てたひとが嘘つきだったなら、いまごろ、

あとかたもなにもないでしょう。


ケストナーさんのつくったお話は、お城というより、

すべすべの木でできたたんすって感じがします。

ひきだしを、そっとあけると、なかにきれいなガラス玉や、

なんに使うかわからない黒い棒や、指人形や、電車の切符や、草花の種がはいっている。

みているうち、笑っちゃったり、こわかったり、

その日の晩ごはんが楽しみになったり、自分が少し、はずかしくなったりします。

別の日にあけると、またちがうものがみつかります。

まるでたんすが、生きてるみたいなんだ。』
 
 
 【いしいしんじいしいしんじの本」 より】