珈琲苑

職場にUさんという、今年63歳になるおじさんがいる。

「ぼく、今年で63歳。もうすぐ70や。嫌やわ〜」

と、全然嫌そうに見えない顔で言っているのを、今年に入って多分15回くらい聞いた。


Uさんはいつも元気で、顔を合わせるたびに大きな声で話しかけてくる。

「おはよう! あ! おはようさっき言ったか。ははは〜」
 
「もう春やね! あ〜うれしいわ〜」

「あしたも朝仕事? がんばるね〜。ぼくもがんばる!」


もっと何かいろいろ言っているけど、思い出せない。

まあ、とにかくいつも元気。


わたしは家から職場まで歩いて10分もかからないくらい近くて、

Uさんもどうやら近所らしく、休みの日にときどきばったり会う。

この間は、近所にある、スーパーとか本屋とか薬局とか100円ショップとか、

いろいろ入っているショッピングセンターで会った。

「うおう!」という声がして振り返るとUさんがいた。

あ、こんにちは、と言って、じゃあ、また、となってどっかに行ったと思ったら帰ってきて、

「コーヒー飲みに行こか。おごったげる」

と言って、さっそうと『珈琲と安らぎの空間 珈琲苑』に歩いて行った。


このお店に来るのは20年ぶりくらいやった。

子どものころ、おとうさんと何度か来たような記憶がうっすらある。

ほとんど覚えていないけど、あんまり変わってないような気もした。わからない。

ちなみに、珈琲苑の横にある、美容室兼床屋みたいな散髪屋で、

わたしは小学生のときに腰まであった髪をショートに切って、それ以来伸ばせなくなった。

そういえば、ここで切ると、チョコボールがもらえた。

あはは、なつかしいなぁ、と思った。


Uさんは、飲み物に1枚ついてくるメロン味のゴーフルをぽろぽろ落としながら、

農業高校に通っていたころの楽しかった思い出と、

30歳の娘さんがとってもかわいい、ということと、

小学校の運動会でいちばんよかったのは、ソーラン節やったことを、

ほんとうに楽しそうに話していた。


わたしは、へえ、と聞きながら、たまに窓の外を見ていた。

最近、木に葉っぱが増えてきている。

Uさんはわたしが外を見ていることに気づいて、「この辺も変わったんやで」と、

昔は電車がなくて、バスしかなかったことと、

真ん中の道、並木道みたいになっている道の木がすごく小さかったことを教えてくれた。


この場所は埋め立て地で、30年くらい前に作られた土地というか、町というか、で、

その小さかった木は、今はけっこうりっぱになって、

5月くらいになったら、いつもちょっとした森みたいになる。

その、並木道みたいになっている道を、多分ここに住んでいるひと達はみんな好きやと思う。

「ここいいですよね」と言うと、Uさんも「いいよなぁ」と言っていた。


珈琲苑を出るとUさんは、散髪屋と逆隣りの、時計屋の店主に、

「うおう! どうも!」とでっかい声で挨拶をして、

それから、前から歩いてきているおじさんにも、「うおう! 久しぶり!」と言ってた。

Uさんはいつもどこでもこうなんやな、とおもしろかった。


「ぼくな、さみしがりやから、すぐ友だちになろうとすんねん」と、

いつかUさんは言っていたけど、さみしいと思う隙あるんやろうかと思う。