パンが食べたい
わたしが21とか22とか23歳だったとき、
職場の近くに、ひとりで住んでいたことがあった。
わたしが住んでいたところのすぐそばには、
オレンジ色のテントを張った「くるみ」という名前のパン屋があった。
自宅の一階で営んでいる、とてもちいさなパン屋だった。
くるみは朝9時半に開いて、夕方の4時くらいには閉まってしまう。
職場まで自転車で3分くらいだったけれど、
わたしも9時半出勤だったので、行けない。
毎日そのパン屋からのにおいを嗅いで、
ああいいにおいがする、と思いながら、職場へと向かっていた。
わたしは毎週月曜日が休みで、そのパン屋も毎週月曜日が休みだった。
多分そうだった。
だから、ほんとうにたまにしか食べられなかったそのパン屋のパンが、
今なぜか無性に食べたい。
旦那さんが奥でパンを焼いていて、奥さんがお店に立っていた。
奥さんの手は、なんというか、機械みたいに動いていた。とても規則正しく。
その奥さんの、お化粧があまりうまくないところも、
世間話も愛想をふりまいたりもほとんどしないところも、
「〜円になります」と言うときの話し方も、
わたしは大好きだった。いいな、と思いながらいつも帰った。
パンもおいしかった。
普通のパンよりちょっと小さくて、60円とか80円とか、安かった。
食べたい。おなかがすいた。
チョコレートのパンと、たまごのパンが食べたい。