日記

この間、ねこのかばんを買った。興奮しているねこのかばん。

セールで安くなっていたやつ。

せっかく買ったから、これを使おうと思って、

でも、小さいから、今読んでいる単行本が入らなくて、それで家を出るとき、

本棚から適当に選んだのが、『富士日記(中)』の文庫本だった。


富士日記は、武田百合子さんが、富士山の麓での生活を綴ったもので、

その中にたまに、☆印があって、

☆印のあとの文は、娘の花さんが書いたものみたい。

わたしは、その、花さんのところもすごく好き。

今日、電車の中で、ぱっと開いたページがちょうど、☆印のあるページだった。



『今、十一時。父は父の出ているテレビが八時から九時まであったので、

それを見てから寝てしまった。「自分の出たテレビ見ると面白い?」と、

母はふしぎそうな顔をして、父にきいていた。母もそのあとすぐ寝た。

私は宿題がある。まわりが静かすぎるみたい。父のいびきが聞える。

今日は何時までやろうかなと考えていたら、同じ机にこの日記がおいてあった。

赤いかたい表紙で金色の模様があるし「日記」と金色の字で表紙に書いてあるし、

河出書房とその下に書いてあるし、だから「日記」という題の本かと思ったら、

中はノートになっていて、山でいつもつけている日記帳だった。

勉強にあきていたので、私も書きだした。前の方の母の日記をみる。

なんとなく面白い。絵が書いてある。地図や雲や月や花や草が書いてある。

図かんの絵のようにくわしくて、矢印でせつめいがしてある。

ぜんたいにとてもおかあさんらしい。』


これを読んで、それからつづきを読もうとしたけど、全然頭に入ってこなくて、

なんだか急に泣きそうになって、泣きそうというか、もう、

電車の中なのに、ずるずると泣いてしまった。

がんばってこらえたから、ちょっとだけ。




おかあさんの日記をわたしも読んだことがある。

おかあさんが死んで、しばらくしてから、わたしはリビングを片づけていた。

テレビの横に、百円均一で買ったようなプラスチックのかごが置いてあって、

その中には、なにかごちゃごちゃとたくさんものが入っていて、

おじいちゃんがファックスを買ったばかりのときにやりとりしていたファックス用紙とか、

手紙なんかにまぎれて、おかあさんの日記がちらほら混ざっていた。


これが日記帳、とは決まっていなくて、ばらばらで、

ミスドでもらえる手帳にとびとびで書いてあったり、

なにかのメモ帳や、チラシの裏に書いてあったりしていた。

多分、書きたいときに、ぱっとなにか適当に目についたものに書いていたのだと思う。

そうゆうとこから、わたしも、おかあさんらしいな、と思った。

わたしはそれを読んだ。多分全部読んだ。おかあさんの字やった。

こんなところに置いてあるんやから読んでもいいよなぁ、と思いながら読んだ。

そこには、わたしもよく登場していた。


「今日はちほが帰ってきた! いつも突然帰ってくる。連絡してって言っても、

しないで来る。急に来てもなにもないから困る。いつもうどんになる。」

「今日はひなまつりなので、ゆか(姉)のところと、ちほのところにケーキを届けた。

ちほは仕事でいなかったので、勝手に入って冷蔵庫に入れといた。」


ふふふ、と思った。

そんなこともあった。わたしはそのうどんが好きやったんやった、と思ったんやった。