てぶくろ
この間、本屋のバイトを終えて、駅に向かって歩いていると、
道のど真ん中に、てぶくろが落ちていた。
近づいて見てみると、見憶えのあるてぶくろで、
五本指が入る、ごくごく普通のてぶくろなんやけど、
全体が薄いグレーで、手の甲のところに、濃いグレーで、大きなリボンの柄が入っているものだった。
そのリボンのまわりには、同じ濃いグレーで、少しだけ水玉もようもあるやつ。
あ、これは、もしかして、と思った。
この日よりも数日前に、本屋でも同じてぶくろの落し物があった。
レジの前に落ちていて、あ、誰か落としてはるわ、と思って、
レジの中に置いておいた。きっと、さっきのおばちゃんのかなー、と思いながら。
で、「てぶくろ忘れてなかったかな?」と取りに来たひとが、
髪の毛を、きれいな群青色に染めている常連のおじさんだったから、
けっこう意外で、印象に残っていた。
また落としてはるわ、と思って、それを拾ったら、
朝雨が降っていたから、したたるくらい濡れていた。
わたしは、おお、と思って、どうしよう、もしかしたら違うかもしれへんし、と、
近くの花壇のへりに置いてそのまま帰ってきてしまった。
それから、そのてぶくろをよく見るようになった。
正確に言うと、そのてぶくろをしているひと、普通に使っているひとを、
たくさん、ほんとうに、ちょっとびっくりするほど見る。
多いときだと、一日に三人くらい見る。それって多くないかな。
どっか近くの店に売ってるんやろうかと、それも気になるけど、
やっぱり違うひとのんやったかもしれへん、と思っていた。
そんなことばっかり考えていたからか、そのてぶくろは、夢にまで出てきた。
ほんで、今日その群青色の髪の毛のおじさんのてぶくろが、
スキーのときに使うてぶくろみたいなんに変わっていて、
やっぱりあのときのてぶくろ、このおじさんのやったかもしれへん、と思ってる。
聞けなかったし、言えなかった。