朝
寒くなってきたら、見えているものがゆっくり見えるというか、
いつもよりももっと入り込んでくるような気がする。
朝、地下鉄の駅を上がって、職場に向かって歩きはじめると、
毎日ではないけど、三日に一度か二度ほど、
わたしの前をベビーカーをおしている女の人が歩いている。
なんとなくその人は、スポーツをしていたんだろうなと思うような歩き方で歩く。
その少し先には、耳鼻科があって、そこにはいつも10人くらい、開くのを待っている人たちがいる。
人気の耳鼻科。
その待っている人達、おじいさん、おばあさん、おばちゃん、おじちゃん達は、
毎回ベビーカーに乗っている子にものすごい笑顔で、笑いかけている。
「おおきくなったねー」やらなんやらと。
ここに並んでいる人達の顔はわたしはまだ覚えていない。毎日違う人なのかな。
で、わたしはだいたいその光景を追い抜かして歩いていく。
そしたら、まただいたい毎日いる人、
茶色いTシャツにベージュの半ズボンを着ている人が(今も)、
向こうから歩いて来ていたり、信号のそばにしゃがみこんでいたりする。
その人の半ズボンは、サイズがあっていないのか、のびのびなのか、
ずってくるのだと思うのだけど、いつも手でずってくるのをおさえている。
たまにほんとうにずっていることもあるから、そっちを見ないようにして歩く。
そして、曲がり角、わたしが曲がる曲がり角には、お寿司屋さんかな、
お寿司屋さん風なちいさなお店があって、二十歳くらいの男の人が、
水色のおおきなゴミ箱をいつもていねいに洗っている。
磨くように洗っている。
そこから十歩くらい歩くと、わたしの働く本屋のお客さんの家があって、
その人はよく外にいるので、軽く挨拶をする。時代小説好きのおじいちゃん。
たまに孫と来て、漫画を買ってあげている。
あまりわたしの顔をみてくれない。でも、嫌われている気はしないよ。
で、本屋の前のスーパーに荷物を運んでいる、眼鏡をかけたまだ十代に見える男の子がいて、
とても機嫌が悪そうに働いているけど、
この間、本屋に来たとき、どっかに落ちていたスタッフの名札を届けてくれたやさしい子だ。
(その時も機嫌が悪そうだったけどね)
本屋がある建物の前には、灰色の髪に赤いキャップ帽をかぶった人がいて、
すごい高いかわいい声で、「おねえちゃん、おはよー」と言ってくれる。
明日はどの人に会うかな。
今日はさっき5時間くらい寝てしまったから、眠くないよう。寝れない。