おふたりのこと

通勤の電車の中で今読んでいるのは、武田百合子さんの「富士日記(中)」。

『今朝、主人はりんどうを一本、濃い、まっさおの花が七輪もついているのを、

胸のポケットに入れて庭を下りてきた。

起きぬけに、ぼんやりと庭に出ていた私の前を、

胸を反らせて、花をみせびらかすように通り過ぎる。

「その花、うちの庭の?」ときくと、返事をしないで、胸を反らせて通り過ぎた。』


井伏鱒二全集を、用がないと読んだ。ときどき大笑いした。』


『今日、山に着くと、花子はすぐポコの墓のところに行って、水をかえていた。

犬が死んだことを告げたときから、一度も花子は犬の話をしない。』




わたしの働いているお店に、いつもふたりで来店されるご夫婦がいる。

六十代くらいかな。七十はいってないかな。どうだろう。

週に少なくとも三度は顔を合わせる(ほんの一瞬だけもいれて)。

ふたりとも古本が大好きで、

漢字が難しくて、わたしには本のタイトルさえ読めないとても分厚い本を、

「いいのみつけたっ」と、うれしそうに購入なさる。

「あなた、これ知ってる?」なんて言って。わたしはいつも知らない。


ふたりをみていると、百合子さん夫婦をなんとなく思いだしている。ほんとうになんとなく。

そして、このふたりいいな、といつも思う。

今日、ふたりから「あなたに会うとものすごくほっとする」と言われた。

わたしは曖昧に笑ってはぐらかしたけれど、

なんということだ。

でも、それはわたしがふたりを好きだからだろうな、と思った(直接は言えないけれど)。

いけすかないお客にはちらりとも目を合わさないもんね。だめだよ。